アーサーペディア
アーサー王大百科

モルドレッド

人物紹介

『カンブリア年代記』には、アーサーとメドラウト(モルドレッド)がカムランで死んだと記されている。しかしふたりがあい戦っていたとはどこにも書かれていない。ジェフリーによれば、モルドレッドアーサーの甥(すなわちアーサーの姉アンナとその夫であるロジアンのロットの息子)であるという。『ロナブイ』では、モルドレッドアーサーの甥であり、かつ養い子であるとされている。

アーサーがローマ戦役に出ている留守に、モルドレッドグウィネヴィアと王位を奪い、その結果「最後の戦い」に至ったと、ジェフリーは述べている。『リ・ミルール・デ・ズィストワール』の記すところでは、モルドレッドはこの戦いには生き残ったが、無念にもランスロットに敗れてしまった。ランスロットグウィネヴィアを処刑し--王妃が喜んでモルドレッドの意を迎えたと思ったのだ--、モルドレッドを王妃の死体とともに監禁した。餓死に瀕したモルドレッドは王妃の屍体を貪ったという。

逸話

モルドレッドの誕生にまつわる近親相姦モチーフは、後世に登場したらしい。一番古いのは『アーサー王の死』(「流布本物語群」の一部)に描かれたものである。マロリー版では、アーサーが自分たちの関係を知らぬままに異父姉のモルゴースと寝て、その結果モルドレッドが生まれたとする。真実を知ったアーサーは、モルドレッドを殺すために、モルドレッドと同じ日に生まれた子どもをすべて川に流させた。モルドレッドを載せた船は難破したが、モルドレッドは命が助かって、ナブールに育てられた。

成人となったモルドレッドアーサー配下の騎士となり、一時はランスロットとともに行動したこともあった。ペリノア家との争いではオークニー家の側に立ち、ペリノアの息子ラモラックを殺した。ランスロットと戦うためアーサーが国を留守にすると、モルドレッドは摂政として残された。やがてモルドレッドアーサーが死んだと宣言し、グウィネヴィアを包囲したので、アーサーはどうしても戻らざるをえなくなった。

異説

  1. ワースでは、モルドレッドアーサーの息子ではなく、グウィネヴィア(を捕まえて王妃とするのだが)の兄とされている。頭韻詩『アーサー王の死』ではモルドレッドグウィネヴィアの間には子どもが生まれている。
  2. ウェールズの伝説では、モルドレッドはカウの娘キウィログと結婚し、ふたりの息子をもうけた。最も古いウェールズの文献では、モルドレッドは悪者というよりヒーローとされていたようである。

参照

マルドック」「24人の騎士

図説アーサー王伝説事典

索引

協力

  • 原書房
  • 東京大学大学院
    総合文化研究科 教授
    山本史郎